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2007'01.21.16:23

17年の失敗を諦めからこれからに変えれるかもしれないチャンス

するんだー

ガスコンロ買った!お買い得。健康食生活を目指す。
konnro.jpg



本文に出て来るファティマ。アウクソーはあたしの憧れ~
(てのが間違ってるんだけどな。。。)
axso.jpg




+++
と、
気負い過ぎると焦ったり凹んだり、しかしがんばって無理もしないと堕ちたまま変われなかった自分から抜け出せない訳なので いい調合で

って何?
っていいますと。
私は摂食障害で、摂食障害は理解され難いから言うと食えばいいとか健康的にとか見当違いな悪意なきアドバイスをいただいてしまうので、また無力感で疲れるから書きにくかったんですが。
それ気にするのやめた(笑)
病気自慢に取られるのも嫌なんだけど、17年苦しんでる私の立向かい日記で、治そう精神の発散なので人は関係なし!判ってくれる人が居るからいいんだ。
そういえば自慢できるくらい苦労してるかもしんないし(・ω・)
最近人との出会いとコミュニケーションでおいら変われたのさー。


て訳で、認知療法作文です。
おいら
拒食で中学生の時に25キロの即神仏になっちゃって、
私は5才から15歳で即神仏になるまで、モダンバレエを習ってたの。
今そこそこ体が柔らかいのも多分そのおかげだし
楽しかった!好きでした♪

しかし何故だかちびなのに他の皆さんより発育早くて、
おっぱい大きくなるし…みんなのスレンダーな子供体型が羨ましくて、すんごいコンプレックスとやりきれなさに悩んでおかしくなりはじめたんだろうな。
ネコ背になって、レオタード着るのが恥ずかしくて辛かった。
今なら乳でかいのは服栄えるしいいじゃん♪
って思えるけど。

思春期は複雑なのですな。
永野オタクだったし(※写真見てね(笑))
本気でファティマになりたかったのでした。ばかす。
しかし今あたしファチィマ…痩せすぎてもどれね~
今34.2キロなので、多分ベストは37とか38なんだと…
はあ難しい…orz

何故か当時学校のクラスや小学校の時の仲良しだった子。
同じバレエ教室の子も即神仏化していって、あれ??伝染するの?
って思いつつ…
しかしみんな、次に来る過食衝動の壁(詳しい病気の事ははしょるのでそんなもんかと読んでね)
に太って負けずに向き合って治っていったり、食べて元気にならなきゃ!って
寝る前にアイスクリーム食べたんだ!と同じクラスの即神仏仲間はがんばっていて、私はまだ痩せ願望とボディーイメージの歪みから抜け出せなくて、異様に痩せてるのに太りたくない…って。要は心がしっかり病んでたのね。

みんなの心の奥底は判らないけど皆、治っていったのかな。
私は過食衝動と痩せ願望に負けて過食嘔吐という一番治りが遅くなる選択をして
親も、心から心配してくれてたのが今はちゃんと判っているんだけど、当時は母も若かったし…ついうっかり

いつまでそんな事してるんだ!さっちゃんもさくまさんもみんながんばって治ってるのに、お前だけいつまでも!
いいかげんにしろ!

と。愛の鞭だったと思うし今は判るんですが。
やりたくてやってんじゃなくて、抗えない衝動にどう向かえばいいか判らず。親の前でよい子に食卓を囲めば安心されるのだから無理して食べ。
私は精一杯やっていたですよ。
だけど子供だったからこんな説明できなくて、ただ

判ってもらえる訳はないんだ。私は隠して装って、なんとかいい子にして見せなければ!お母さんに見捨てられてしまう…。
親もがんばってくれて理解しようとしてくれてるのも判ってたから、
その時の私は精一杯いい子で元気になって治ったよ!と、アピールするのが最善なのだ!と、、ていうかまあ、
それしか思い付かなかったんでした。
…ほんとは真夜中に食べ吐きしてるけど。
子供だったしあさはかで、親がそれに気がついて見て見ぬふりしてるのも知らなかった。
親も親で装う私に合わせて
治ってるアピールを信じてるのを演じてしまったらしい。
これはほんとに、15年くらい経って昨日聞きました。

あの時こうしてたら…
って事は山のようにあって 親をてか母を恨んでた時期もあるんですが

一時期、まあ昨年ですけど。無駄にした年月と嘔吐の苦しさとかばかばかしい行動癖とか色々、若さで強がれてて普通を装っていられたものがぷっつりと
疲れちゃったみたいで。

もうここまできたら治らないし、疲れた~
でも親は大事で、上で恨みとか書いてるけど母ともある部分暗黙の隠蔽しつつも友達みたいに仲良しだし
父なんてもう、ひとり娘の私が生き甲斐なのがひしひし伝わってくるし。お父さんは守ってあげたいのさ!(笑)かわいいし(・ω・)

うちの両親は当時にしてはかなり結婚遅いのでじーさんばーさんなのです。

それも心配だったりもしつつ、東京でひとりでやりたいエゴを悩んだ末結局自分の人生に後悔したくない!

って飛び出しちゃった負い目もあるし。病気でさんざん心配させてるし。

お父さんとお母さんが死ぬまではいい娘を演じよう!

死んじゃったら
楽になれる。首つりが楽らしいから後始末資金だけ残してあとはまあしんじゃうんだからいっか(・ω・)


計画してました。なんていうか、普通に。


そうは思いつつ人間多面体だから、なんかしらして生きてて、
去年今年になやら不思議な出会いがあって

あ、そりゃ私も友達はいるんですよ(・ω・;
でも趣味を介してとか、芝居、同人誌。
一線ひいた大人な友達で、こんなややこしい私を全部判ってもらおうなんて思いもしないし、会ってる時は芝居の話とか楽しい話してたいじゃん♪

で、
親意外…って親にも隠してたから。深い面倒な私は自分一人で処理して限界がきたら消えよう。俺は孤独と思ってました。人頼ると男は下心。女は要領よく線を引くか自分が精神病でかえってよりかかってこられたりして、もう面倒だったし人なんて信じられなくなってて。


…ていう
決め付けの殻をやぶって私を見てくれる人が現れて。
ひとりっこな私の大事なお兄さんになってくれたの。親意外に、こんなに大事にしてもらえた事はなかった。


更に、
長年歪んで動けなくなってた私に適格なアドバイスとありがたい居場所をなにげなく、あれれれ?って間に連れて来てくれて。。
器のでかいさすらいの東京のおとーさんと、誰にも言えなかった色んな事を判ってもらえる、こちらも器がはんぱじゃねーぜっちう、素敵なおねーさんまで現れて


人生設計をかえれるかも


こんな長文を携帯からなので燃え尽きて送信します(・ω・;

誤字とか変文章…
あとでなおせたらしましゅ。。


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